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2012年11月28日水曜日

ベンちゃん号受難の日々

 先日の朝、妻を駅まで送ろうとエンジンをかけたのですが、セルモーターは廻ってるのにエンジンがかからない!

 前夜まで異常なく走っていたのでいろいろ検索すると、最悪の場合燃料を送るポンプが寿命だが、どうやら燃料系統のリレーが経年劣化でも不調になるらしい。
燃料ポンプは車を購入してから一度交換してるので、それはないだろうと思いボンネットを開けてリレーの位置を確認したけれど、それだけでは解らない、それに簡単には外せないし・・・・。
そうこうする内に、昼頃になって何事も無かったかの様にエンジンが復活。

 とりあえず、OVPリレー、フーエルポンプリレーなる部品を発注して買い物に出かけたのだが、帰る時になってまた同様にエンジンがかからない。
路肩でボンネットを開けて件のリレーをいじるとまた復活。
どうやら、やはりリレーが原因の様だ。

数日してリレーが届いたので、交換。
これがOVPリレー。
過電流から回路を保護するそうです。
 こちらがフューエルポンプリレー

ところが、今度はエンジンかけたら後部からブオーンと異常な音が!
車外では聴こえないが、車内に共鳴している様だ。
どうやら本格的に燃料ポンプが怪しい!

しかたなく、いつも整備をお願いしているS・ファクトリーさんに電話。
とにかく見てもらう事にして出かけようとしたら、今度は異音がしない。
リレーを変えたせいか、以前よりスムーズな走りで工場に到着。

 メカニックのSさんと相談してしばらく様子を見る事にして、せっかく来たのだからオイルを交換して帰ろうとしたら異音が再発。
しかたなく、車を預けて帰る事になったのです。

預ける事数日、修理完了の電話で今日車を引き取りに行ったのです。

リレーもポンプもオイルも交換して、スムーズに走って帰宅していたのですが・・・・・。
好事魔多し!

 もう自宅も間近になって、交差点で右折信号で停まっている車の左側を直進の矢印信号にしたがって通り抜けようとしたら、いきなりワンボックス車が左車線に出て来る!
後続車もいるし急ブレーキも踏めないし、左サイドにも後続車がいる。

 結局避けきれずにその車の左前バンパーが、ベンちゃん号の右のフロントフェンダー、タイヤハウス部分に衝突。
そのままベコベコ〜っと、右後部ドアまで凹ませてしまいました。
そんなアホな!
相手の車はフロントバンパーが剥がれ落ちそうにグラグラ。

その後は、警察を呼んで、保険屋に電話して・・・と、お決まりの手続き。

 事故直後は興奮していたせいで相手の若者二人に文句言ってしまったのが、ちょっと落ち着いてくると急に恥ずかしくなったので、目の前のコンビニで缶コーヒーを買って『さっきは大人げなくてゴメン。君たちもこれからまだ運転して帰るんだから、お互いちょっと落ち着こう』と話し、警察の手続きを済ませて『気をつけて帰ろう』と握手して別れました。

まあ、どちらも怪我が無かったし、他車や自転車、歩行者等巻き込まなくて良かった!

2012年8月12日日曜日

テレパシーと男の沽券

実は山崎製パンの『薄皮粒あんパン』の隠れたファンである。
中年以降、洋菓子より和菓子やアンコが好きになってしまい、あの大きさが絶妙で、ついつい手が出てしまう。値段も安いしね。

 時々妻が買って来てくれるのを美味しく戴くのだが、自分からは『買って来て』とは言えないのである。
今日、出かけた先から帰宅途中の妻が
『スーパーに寄るけど、何か買って来るものある?』
と電話をかけて来た。
さすがに50過ぎの大の男が
『アンパン買って来て』
とは、恥ずかしくて言えないから黙っていたが、帰宅した妻は
『薄皮あんぱん買って来たよ』と言うではないか。
あまりの偶然に、二人して顔を見合わせて
『テレパシーが通じるのか!』と笑い合いました。

『食べたかったら言えば良いのに』と言う妻に
『男の沽券に関わるから言えない』と話すと
『おかしな人』と笑われました。

 そういえば、学校で講師をしていた時お弁当を作ってくれてたのですが、彩りにプチトマトを二、三個入れてあるのが、生徒さんに見られて恥ずかしくって
『プチトマトなぞ大の男が食べるもんじゃない、こんなものは女子供の食べるもんだ』と話した時も笑われました。

 トマトにしてみればいわれのない差別で失礼な話ですが、同年代のオジサンで同感の人は多いのではないでしょうか。

まあ、今時『男の沽券』なんていちいちこだわって口にするのは、器が小さく沽券が備わってないから、と言われたら返す言葉もありませんが。


2012年7月10日火曜日

おしゃぶり。

いきなり『おしゃぶり』ってナニ?と思われるでしょうが、今日は『おしゃぶり』の話です。
そう、赤ちゃんが口にくわえてるアレです。


先日、父の故郷鹿児島から父の妹(私には伯母サンになります)が上京してきました。
同居している末の息子と二人で、東京で働く長男を訪ねて来たそうです。
なんと、鹿児島から九州新幹線に乗り、大阪で東海道新幹線に乗り継いでの7時間の長旅。
もう80歳なのに先日の脳梗塞のせいで少し足が心配ながら元気イッパイ!
町田の実家に兄である私の父を訪ねて来られたので、久しぶりに弟家族も集合して食事会になりました。
六年前に家族で鹿児島に行ったビデオを偶然最近見直したところだったので、その話や昔話に花がさき、楽しいひと時になりました。

 ところが、偶然母の車のキーホルダーの話になって、この歳になって初めてそれが私が赤ん坊のときの『おしゃぶり』だったと知りました。
キーホルダーにつけられたこのウサギ、
元々はこの先に象牙(?)の輪が付いていた様です。
それはどこかに紛失したか破損して、残念ながらありません。
素材はどうやら真鍮に銀メッキ。軽いので中空ですね。
モデルは『不思議の国のアリス』に出て来るウサギですかね。

量産品ですが、なかなか味がある造り。
子供向けの商品なのに、今時の商品と違ってまったく子供っぽいデザインではない!
考えてみると、50年前にこういうものにお金だして買う人は少なかっただろうから、
もしかすると意外と高価で、ギフト用として有名百貨店辺りで売られていたものかもしれませんね。
どなたかに出産祝いとして戴いたのかもしれません。

当然の事ながら、自分ではマッタクこんなものくわえていた記憶がないのですが、50年以上前にもこんな量産品に心をこめた原型師さんが居たんだろうと思うとなかなか感慨深いものです。


2012年3月27日火曜日

南青山捕物帳!

 今日はお天気も良かったので、イベント会場の向かいにある根津美術館の前の舗道で、日向ボッコしながらお客様がいらっしゃるのを待っていたのですが、突然すぐ傍のお店(外国人デザイナーの洋服店)から若い男が走り出て来たと思うや否や、続いて背の高いモデルさんのような若い女性が、その男になにか叫びながら追いかけて行くではありませんか。
居合わせた老婦人が
『泥棒って言ってた?』
とワタシに話しかけてると、
バラバラとお店からも店長らしき女性を始め
数名の女性達が出て来ました。


 聴くと、どうやら窃盗犯!


試着室に入って商品を着て出て来たと思うと、
着て来た服はそのままに携帯電話で話すふりをして
出口に近づきそのまま逃走した様です。


二、三日前にも来て挙動が不審だったので注意していた矢先の事らしい。
普段は男性スタッフが居るのですが、丁度お昼ゴハンで皆出払った所だったそうです。


それはともかく、追いかけて行ったのは若い女性一人!


以前コンビニのオニギリ万引き犯を追いかけた店員が犯人に刺殺された事件もあったし、袋小路に追いつめた所で犯人が逆上でもしたら彼女に危害を加えかねないではありませんか。

そうと聴いては黙って見過ごす訳には行かない!
図体だけはデカイので武道の心得等ありませんが、
及ばずながら何か役には立つのではと
急いで後を追いかけたのですが、
住宅街の中で鍵の手に道路が曲がっていて
二人ともどちらに行ったかも解らず、勘をたよりに進むと
先程追いかけていた女性が戻って来るのに行き会いました。
 
『見失った!』
と息も荒く悔しそうにしているのを見て、
未だこの辺に隠れているのではと彼女が戻って来た道に戻ると、
なにやら20m程先の住宅の塀際から
バイクのヘルメットを持って道路に降りて来る男が一人・・・。
 
すわ、怪しの人影!!
すかさず
『オ〜イ!そこの!』
と大声を出すと、
塀際に停まっていたバイク(ピザの宅配用みたいな)には乗らず、
小走りに表通りに駈けてゆくではありませんか。
『あの上着は盗まれた商品みたい!』
コイツは怪しい!
と追いかけたのですが、
表通りにはかねて用意のバイクを停めてあったと見えて、
こちらが通りに出た時にはエンジン音も高らかに走り去った後・・・。
哀しいかな老眼でナンバーまでは読み取れず、
取り逃がしてしまったのです。


どうやら計画的で手慣れた常習犯の犯行ではないでしょうか。
 追いかけた彼女は本当に悔しがっていましたが、
『とにかく、無事で良かったね。』
と慰めてGEM ARTに戻って来ました。

 それにしても、高級宝飾品ならともかく、ブルゾン一枚にこんな危険を冒すなんて信じられません。
そのデザイナーのファン?転売するの?そのために捕まったら一生棒に振るかもしれないのに?
あちこちで同様の犯行を重ねてネットとかで販売するのでしょうか。
いずれにしろ監視カメラにバッチリ写ってる筈。

 後刻、ワタシがドトールで一服して不在の時に店長さんと彼女がお礼の御挨拶に来られたのですが、こちらは殆どお役に立ててないので恐縮してしまいました。

 それにしてもこんな東京のど真ん中で、あんな犯罪現場に遭遇するとは、日本も治安が悪くなったものです。
GEM ART MARCHEもセキュリティーには気をつけて、残る会期中気を引き締めて行かなければと思った次第です。
 
 かといって、お客様を最初から疑ってかかる訳にも行かないからなあ〜。
今から監視カメラを設置するのも間に合わないしね。
団体で来られたら対処出来ないし困ったものです。

ともあれ、明日からの無事を祈って今日は閉店します。
皆様の御来展お待ち申し上げております。



2012年3月26日月曜日

こう見えてワタシ実は・・!

土曜の夜はGEM ART MARCHE 219:00までで、その後ちょっとした食事会に妻と二人で出席しました。


幹事はYさん。
彼女は先日まで教えていた学校で実習生でした。
ワタシが受け持っていたクラスの教室で、土曜日は自分の作品を作っていたのです。


 ワタシが学校での授業を辞める事になってクラスの皆さん残念がって下さったのですが、彼女ともう一人、教室に来てサポートしてくれるNさんとの二人がワタシのお別れ会を企画しようとしていたのです。
でも、ワタシとしては大げさな事はしたくないし、まして年度末で忙しい生徒の皆さんにそう言う名目でお声をかけると、負担をかけるのではないかと思って一旦お断りしたのです。


 そこで彼女達は、自分達も学校を修了してもう教室に来る事も無くなるので、クラスの皆さんとの食事会、という名目に変えて生徒さんに声をかけてくれました。
その結果、普段彼女達とよく話していた生徒さんが数人、集まって食事することになったのです。


 普段教室では皆さんあまりご自分のプライベートな話はされないし、こちらも新入生が毎月入ってきてもいちいち紹介等しないのです。
ですから、長く通っている生徒さん同士、お名前も知らない方が結構多いのです。
ワタシも極力皆さんがお友達になれる様に、いろんな話をふったりしますが、やはりお互い教室では私生活を話さないのが大人のマナー、と言う事なんですね。
おまけに、クラスの皆さんどういう訳か人見知りの方が多く、加えて作業に集中すると無口になって・・・。


そこに現れたのが今年度の実習生Yさん、Nさん。
二人が生徒さんに話しかけて会話を引き出してくれたお陰で、じょじょに教室で生徒さん同士がお話する様になって来たのです。
まさにICE・BREAKER
改めて二人にはお礼を述べたいと思います。
感謝!


 そんな訳で昨夜はお互い『ワタシ、普段はこんな仕事をしてます』から始まって、こんな楽器演奏出来ます、とかこんな資格持ってますと、お互い驚く事の連続でした。
どうやらバンドは構成出来そうです。
しかもそれぞれのお仕事でその道のプロ、オーソリティーが実に多い!
こういった方々といろんな四方山話が出来なくなるのは実に残念。


実習生の二人も同じ感想を抱いた様で、今回で終わりにしないで定期的に集まって食事しようと言う事になりました。
次回は今回声をかけられなかった方々にもお声をかける事にします。


今から次回が楽しみです!

2012年1月21日土曜日

安来鋼本焼入和包丁

今日、なぜか義父から突然包丁をいただきました。
それもプロ用の和包丁。
安来鋼の本焼き入れ、240mmの和包丁・牛刀です。
もともと包丁はじめ刃物が好きで集めるのが趣味という義父が、わざわざ買い求めて来てくれたそうです。


 我が家で使ってる包丁も同様の鋼の和包丁の牛刀で、一人暮らしを始めた15年くらい前に買った240mmのモノだったと思うのですが、さすがに本焼き入れでも安来鋼でもない家庭用の製品です。
 
 でも、こまめに研いで使えば切れ味は一般的なステンレスの包丁より数段良いのです。
結果としてだんだん短くなって行く訳で、まだまだ十分使える長さとは言え、新しい包丁は有り難いですね。
特に刺身なんか切り分ける時は、本来なら刺身包丁を使うべきでしょうが、めったに使わない柳刃を買う程料理人では無いので牛刀一本で済ませるのですが、刃の長さが無いと綺麗に切れませんから。
 
 それにしても、こんな包丁いただいたら砥石もまともなのを揃えないと義父にも包丁にも、造った鍛冶職人さんにも申し訳ないなあ〜。
明日はホームセンターに砥石探しに行こうかな。



2012年1月20日金曜日

ベンちゃん号リフレッシュ!

我が家の愛車、ベンちゃん号が車検から帰って来ました。


日本の車検制度自体、まったくもって不合理で不愉快極まりない制度なんだけど、まあ定期健康診断だと思う事にしましょう。


 1995年に生産された我が家のベンちゃん号。
最初の発表はその10年近く前だから基本設計はその数年前として、三十年くらい前に開発された訳です。
以後マイナーチェンジを重ねて、その生産の最終バージョンです。
我が家に来たのが2005年。
以後走行を重ねてとうとう11Kmを後にしました。


 今回の車検で行なったのは、定期的に行なってるエンジン・オイル交換、ブレーキ・オイル交換に加え、警告灯が点滅していた前後のブレーキパッド交換。
それに、ベンちゃん号のウィークポイントであるエンジンヘッドからのオイル漏れの為に、オイルシールの交換。
そして、ステアリング系の小さなブッシュを一ヶ所交換。


 今日の午後整備工場まで行って受け取って来たのですが、帰り道運転してみて驚きました。
エンジンは滑らかに回転を上げ、ブレーキペダルの踏みごたえも剛健。
それは想像どおりでしたが、なにより新鮮だったのはハンドルを切った時に手に帰って来る、反力というか抵抗。これが実にシットリと来るではないですか。
 切り始めにガタツキや遊びがあるのではなく、蜂蜜のビンにバターナイフをいれてかき回す時の感触、とでもいうのかなあ。
夕暮れ時で適度に混み合った国道を走りながら、車線変更する度にその気持ち良さに顔がニンマリして来るのです。


 それにしても、アノ小さなブッシュ一つを交換しただけでこれだけ変わる、というか新車の時の感触に近くまで戻るというのは、とりもなおさず、それが組み着けられているボディ自体の剛性が劣化していないと言う事だと思うのです。
 これまでもエンジンマウントや、サスペンションダンパーを替える度にその復旧具合に驚いたのですが、ブッシュ一つでここまで復旧すること、そしてそのブッシュ一つをいまだに買える事など、今更ながら当時のドイツの工業製品に対する思想が端的に顕われている様な気がします。
 すなわち、
『イイモノを手入れしながら大事に使う。
そして、その価値があるものを造る。』
と言う事ではないでしょうか。


 新車の時の値段を思うとワタシ等本来なら分不相応な車だし、これからあちこち古くなって来て、維持費もそれなりにかかり大変だと思うけど、治し甲斐のある車だけになんとか乗り続けて行きたいものです。





2012年1月3日火曜日

散歩初め

 想い起こせば、去年の正月には近所の川沿いに散歩してました。


あのころは震災も原発事故も思いもよらず、清々しい一年の始めを楽しんでいたのですが、今年は吹きだまりの枯葉や河原の草むらに、枯葉を焼く焚き火に、それどころか吹く風にさえも放射性物質が潜んでいるかと思うと、なんともやるせないし腹立たしい想いです。


 とは言え、今年も昨日今日と散歩に行って来ました。
 高い空には季節風が描くのか帯状の雲。
 川の向こうには遠くに真っ白い富士山
河原が広々して気持ちがいいのですが、
上記の様な訳で今年は出来るだけ住宅街の中を歩きます。
いつも使う駅より一つ離れた駅前にドトールコーヒーがあるので、そこまで歩いてブランチを、という計画だったのですが、昨日行ってみるといつものお店にはシャッターが降りて12月初旬に閉店しました』の張り紙。


 ところが『新店舗に移転』とだけで肝心の地図が無い。
困ったなあと思い
『そうだ!こんな時こそコレコレ!』
とスマートフォンで店舗検索すると、少し離れた住宅街の中にマークがあるのです。


 こんな所に移転って不思議だなあ、と思いながらも、そこまで行ってみたのですが、まったくそれらしいモノが無い。
辺りをぐるぐる廻って見たけど見つからないので諦めて帰宅しました。


帰宅して改めて検索してみると、なんと5mも離れてない旧店舗と道路をはさんだ向かいにオープンしているらしいのです。
そんなアホな〜!
張り紙しか見ていなかったので、マッタク気がつきませんでした。
張り紙する方も、まさか向かいにあるのに見逃すとは思いもよらなかったのでしょうねえ〜。


 本日改めて行ってみて、確かに新店舗になっていたのを確認。
新しい店舗は広くなった上に喫煙ルームも完全に仕切られていて、カウンター席には電源コンセントもありパソコン持参のお客様もゆっくり過ごせる様になってます。


それにしても、いつも利用する駅前にドトールが無くなってしまったのは本当に残念!
安くて美味しくて、オジサンにも利用しやすいお店なんだけどなあ。



2011年11月21日月曜日

イベント終了!

15日にオープンした佐倉でのイベントが昨日無事終了しました。
今回は新たなメンバーとしてNiva・坂根美保さんと妻のTAMAKIも加わって、作品のヴァリエーションも増えたせいか、トータルの売り上げとしては前回を大きく上回ったのではないでしょうか。


 ワタシも、雑事に追われてイベントの準備に気持ちが入っていなかったのですが、男性客しかも熟年から初老の男性お二人にチタンのピンをお買い上げいただき、嬉しかったです。
 加えて会場が地方の、しかも郊外にポツンとある美術館の併設ギャラリーなので、それほど高額な商品が売れる事は無いだろうと、値札も付けずにディスプレーに使っていたチタンのネックレスをお買い上げいただいたのには本当に驚きました。



前回お買い上げいただいた地元にお住まいの方が憶えていて下さったり、美術館で働いてらっしゃる方にお買い上げいただいたのも嬉しかったですねえ。
次回はまだ未定ですけど、こうして私達のイベントも回を重ねて定着していくといいなあ、なんて思いました。



 とにもかくにも、御来展戴き作品を見ていただいたお客様には感謝しております。
ありがとうございました。



2011年10月7日金曜日

ジョブズ氏のマウス

結婚後、初めて購入したパソコンがAppleの白いibookG4で同時に購入したのが、左のマウス。


ワイヤレスで掌にしっくりと納まってくれて、パソコン初心者のワタシにも取っ付きやすい優しいデザインと感触、加えてしっかりしたクリック感でなんだか『大丈夫!』と言ってくれてるようなマウスでした。
ところがこれまで何度か落としたのがいけなかったのか、裏蓋のスイッチをかねた板バネの接触が悪く成って来て、使用中にしばしば接続が切れるという症状がだんだんひどくなってきました。その都度作業がストップしてしまうので、とうとうマウスを買い替える事にしました。
USB接続のマウスは始めから除外して、やはりMacの製品に決定。

 ところがそんな折も折、Apple社トップのジョブス氏死去のニュースが飛び込んできました。
iMacの発売以来、コンピューターと私達の距離をグンと近づけてくれた立役者の彼の死は本当に速過ぎるし残念です。
存命なら日々開発される新しい素材や技術を融合させて、まだまだ革新的な製品を発表して私達の生活スタイルに革命をもたらしてくれたでしょうに。
Apple社のスタッフだけでなく、彼の不在はアメリカのコンピューター産業にとって大きな損失ですが、かれの創造したライフスタイルを楽しんで来た、私達世界中の消費者にとってもそれは同様。暗闇で方向を探るヘッドライトが一つ消えてしまった。
 彼の様なイノベーターが果たして今の世界に再び現れるだろうか、と考えてしまいます。

それはともかく、昼前Amazonで注文したらなんと夕方に到着!驚きました!
新しいのが右側。
軽くて薄くて反応も速くて、スッキリとシャープなエッジのある形状からして『出来そう!』なお利口さんのようです。
実際見かけ倒しではなく、これひとつでボタンもホイールも無いのに画面のスクロールまで出来るのですから、今の技術ってスゴイんですねえ。
 まあ、このマウスについて今更ワタシが説明しなくても興味がある方は既に良くご存知でしょうから省きます。
 
 ただ、そんなにスゴいマウスなんだけど、初めて旧タイプのマウスを握った時に感じたホッとする安心感は薄れてしまいました。
 考えてみればパソコンの普及の速さというのはものすごい訳で、10年前にはパソコンに触った事がない機械アレルギーの人が大勢居て、Macの機器も初めて触る人でも違和感をいだかないような機能の設定やデザインがされていたと思うのです。
 それがここ数年は生活のなかにドンドン入って来て、今や入力もキーボードからタッチパネル。マウスなんか無くても普通の人は全く用は足りてしまうようになりました。
そうなると、マウスのデザインも初心者を安心させるような形やシンプルな機能に限定する必要もなくなり、敢えてマウスが必要な作業をする人に向けた機能とデザインになって来た、のではないかな。
 確かにタッチパネルは便利だけど細かい指定や指示はやはりマウスでポインターを動かした方が確実だしね。

こういう風に考えて来るとMacのデザインって、操作するときのユーザーインターフェイスも含めて、本当に使う人本意に考えられてるなあと感心すると同時に、それを指揮して来たジョブス氏の素晴らしい人間性を感じるのです。デザインや創造にはそう言うところが如実に出ますからね。
 会社の製品のデザインに一本芯が通ったポリシーや思想が在る。製品を一目見れば何処のメーカーか判る。そう言う会社と言うのはなかなか少ないと思います。
大量に生産される工業製品になればなるほど自分達の主張を通して、社会に広く受け入れられて行くのは難しく成るのでしょう。
掃除機のダイソン、車ならポルシェ、フェラーリ、ランボルギーニ。いずれも強烈なカリスマオーナーの会社です。家電だとブラウン、日本のSONYも一時期頑張ってましたね。

ジョブス氏亡き後のApple社はいったいいつまでそのポリシーを守り抜く事が出来るでしょうか。
そうしてこれからも魅力的な製品を送り出してくれるでしょうか。

 マーケティングリサーチだけでモノを作る様な会社にだけはなって欲しくないですねえ。
モチロン、それは天国に行ったジョブス氏の願いでもあるでしょうけど。

とにもかくにも、彼の冥福を祈って、合掌!



2011年8月30日火曜日

Diamond Star!

先日驚きのニュースを発見。


なんと、『地球から4000光年はなれた銀河系内にダイヤモンドで出来た惑星がある』というニュース。
 地球の約5倍の直径のその星は、高密度のパルサー(一分間に一万回近い速さ!で自転しているらしい)と呼ばれる恒星の周りを二時間程で公転しているそうです。
二つの星の間隔は60万キロ、地球と月の距離の倍以下の近さだから、なんともめまぐるしい話。
 どうやら、そのパルサーの強力な重力で表面の物質がはぎ取られて密度の高い部分だけが残ったらしく、炭素や酸素で出来ていてダイヤモンドの様な結晶質で出来ている可能性が高いそうです。
 まあ、宝石用のダイヤの様に無色透明とはいかないだろうから、不純物のせいで様々な色になってる可能性が考えられますね。
 もちろんカットも研磨もされてるわけでは無いので、いったい表面がどんな風に成ってるか想像もつきませんが、結晶の劈開面が露出していたらきっと光も反射するだろうから、近く迄行けばキラキラしてるのかもしれません。


 まさか惑星自体球形ではなく巨大な単結晶なんてことは無いと思うけど、美しくブリリアントカットに研磨された巨大な惑星が猛スピードで宇宙空間を光を反射させながらコマの様に廻ってる様子を想像すると楽しい!


 光の速さで行っても4000年かかるから今観測されている姿も4000年前の姿。
実物をこの目で見る事は叶わないけど、でもおかげで想像の世界で遊べます。
 無限に広い宇宙には想像もつかない星があっても不思議はないから、ダイヤで出来た星の周りにルビーやエメラルドの衛星が月の様に廻ってる、なんて事があるかもしれない。


でも考えてみると、既に私達の地球も暗黒の宇宙に青く輝く宝石の様に見えるんだろうな。
アポロ計画で月から帰還した飛行士達は、灰色の月面から青い地球を見上げて感動したと聴きます。
宇宙を調べる事は、地球の貴重さを再確認すること。
私達にとって唯一無二のこの地球を大事にしないとね。
環境破壊したり放射能で汚してはいけないんだよね。



2011年3月12日土曜日

起死回生!

庭の花が・・なんてノンキな投稿をした其の後に、未曾有の大災害が襲って来ようとは夢にも思いませんでした。
まさに『一寸先は闇』ですね。


 最初の揺れの時、自宅に一人で居たのですが、東京に住んでいれば大なり小なり地震は体験してるので、最初の初期微動でこれは遠くの地震じゃないか、震度4くらいかな?なんて予想がつくのですが、今回はそれが長かった!
 しかもだんだん強く成っていくじゃないですか。
『これは今迄に無い大きな地震!』と思い、閉じ込められてはいけないので玄関から外に出たところで揺れがピークに達した様で、家の中から何か倒れたり落ちたりする音が聞こえて来ました。
 自分が立ちくらみしてるんじゃないかと思うくらいの揺れで、手近な物につかまっていたのですが、電線は大きく波打ち、駐車場の車が踊っている様に揺さぶられていました。


揺れが納まって家の中に戻ると、幸いにも家具が倒れたりと言う事は無く、本棚から写真立てが落ちた程度でした。
しかし、つけっぱなしだったTVからは緊迫したニュースが次々に入って来ます。
先日も地震があった三陸沖が震源で津波警報が出ている、しかも10mを越える津波が予想されるなんてニュース!
10mってとんでもない数字!今迄聴いた事ありません。
しかも到達迄十数分しかない!
皆早く逃げてくれ!

その後の様子は報道でお聞き及びの通り。


TVにかじりついて見ている前で、真っ黒い津波が港を、船を、畑を、ビニールハウスを、家を、車を私達の祈りをあざ笑う様にドンドン飲み込んで行く様を見ながら、まるでミニチュアを使った特撮映画さながらの非現実感に、自分がガリバーにでもなったような錯覚を覚えました。

それにしても自然の猛威の前にいともたやすく崩壊してゆく、
子供が砂場に作った街の様な人間の生活。
あのカメラの前で飲み込まれ流されている家や車に人がいませんように!
と祈るしかありませんでした。


 その後は携帯電話も固定電話も繋がらなく成り、実家の両親とも仕事中の家人ともなかなか連絡がとれない状態が続きました。22:00を過ぎたころからようやく連絡がとれる様になりました。
幸い家族も親戚も友人も皆無事でした。


 夜が明けたら、悲惨な現地の更なる被害の状況が解って来るのでしょう。
かなりの広範囲で被害が出ているので、救援活動、その後の復興、人々の心のケアなど大変な状態がしばらく続くんでしょう。
まずは被害に遭われた方の冥福を祈りましょう。
合掌!

でも、負けてはいられません。
日本はこの震災の悲劇と犠牲を起死回生のチャンスとして不死鳥の様に蘇らなければなりません。

ダメダメな政権、政局がらみの政争はこの際おいといて、与野党協力して臨時に挙国一致で事に当たる絶好のチャンスです。
阪神淡路大震災の経験を教科書にして、私達国民も諸外国から注視されている事をしっかり意識して、助け合い、譲り合いの精神で、
さすが日本人は民度が高い!
と言われる様にしようじゃありませんか。

2011年2月9日水曜日

夜の浅草

今日はキャストの吹き上がりを受け取りに御徒町迄出かけました。
その後、ポケット地図を片手に合羽橋迄歩いてみました。
調理器具や飲食店の什器等の専門店が並ぶ合羽橋、噂には聞いていたけどなかなか行く機会が無く今回が初めてだったのですが、着いた頃にはもう閉店の時間でシャッターを下ろしだしていました。と言う訳で次回もう一度来てみる事にしてついでに浅草まで歩く事にしました。
雷門前迄来ると仲見世商店街には煌々と灯りが点いていました。
まばゆい灯りに誘われる様に商店街を通り抜けると浅草寺がライトアップされているではありませんか。
そう言えば、本殿の屋根瓦がチタン製のモノに葺き替えられたと聞いてます。
確かに軽快なチタングレーになってますね。
ちょうど五重塔の上に月も出ていてとても奇麗でした。
照明灯の位置や光の色もよく考えられているのでしょうね、建物の色彩がきれいに見えるようです。

 今回たまたま遭遇したライトアップ、お正月の昼間にしか来ない所なので、夜の浅草寺がこんなにきれいなのを初めて知りました。
他にも昼間しか知らないところで、夜にはまったく違うしっとりした景色を見せてくれている所があるのでしょうね。

 考えてみると東京の名所って案外知らない所が多いなあ。

都内では車で出かけると駐車場を探すのが大変だったりで、今迄なかなか足が向かなかったせいでもあります。

これからちょっとずつ足を延ばしてみたいと思います。


2011年2月4日金曜日

新幹線!

先日、親戚の葬儀に参列するために、本当に久しぶりに新幹線に乗りました。
思い返せば90年代半ばに上越新幹線に乗った(上野始発でした!)のを最後に、長距離移動は車か飛行機だったのです。
東海道新幹線には社会人に成る前に乗ったきりですから、二十年以上乗ってなかった!
そんな訳で、ちょっとワクワクしながら新横浜からのぞみに乗車しました。
 乗車して荷物を棚に上げてると気がつかないくらいスムーズに発車。
見る見るうちに速度が上がってるのにちょっとビックリ。
昔は架線を支える支柱が見えたのに、速すぎて全く眼に止まりません。
昔の東海道新幹線ひかりよりかなり高速になってるのに、座ってる限り揺れもさほどでもありません。
車内の騒音も低いと思います。
昔、英仏海峡を渡るユーロスターTGVにも乗りましたが、軌道の構造が違うようだしあちらは直線が多いので揺れに関しては比較すると劣りますが、それでもバラスト敷きの軌道で曲がりくねったコースを走ってる事を考えると、この程度の揺れで納まってるのは大したモノだと思います。
保線関係者のたゆまぬ努力の賜物ですね、きっと。
そんな訳で、車内販売のサンドウィッチを食べてついウトウトしているともう名古屋。
雪で15分遅れましたが、アッと言う間に新大阪着です。
楽チンです〜!

普段関西に出かける時は車だと6~7時間かかるのだから、運転しないでこんなに早く着いてしまうのは本当に楽ですね。
これで料金が半額くらいだったらねえ〜!
夫婦二人で往復すると五万円近いというのはちょっと・・・!

それにしても250~270km/hであのスピード感、東北新幹線はやぶさはそれを上回ると言うのだから、どんな感じなんでしょうかねえ〜。
さらに500km/hとも言われるリニアモーターカーに至っては・・・。