2012年9月11日火曜日

20年前の軽井沢へ

 いつも楽しく読ませていただいてるアヤ子さんのブログ
最近軽井沢に行かれたそうです。
で、そう言えば昔独身時代に一人車で軽井沢に行った事を思い出しました。
年代は19905月中旬だから初夏ですね。
確か当時は高速が松井田妙義までしか開通してなかったと思います。
そこから一般道を走って行ったのですが、なかなか気持ちのいい山道でした。
 そういえば、軽井沢駅近くの『フレスガッセ』というソーセージ屋さんに入ったのを思い出しました。
当時は本格的なソーセージもまだあまり普及してなかったので、国道沿いの普通の食堂といった風情に反してとても美味しく感じました。
実際観光客より、タクシー運転手とか地元の人が多かったのが印象的でした。

次に向かったのが有名な万平ホテル
ティールームでジュースをいただきました。
此処は気持ちよかったですね〜。
ずっっと座っていたかったです。
たしかジョン・レノンもお気に入りのホテルですよね。
 チョット離れた神社の境内に見つけた道祖神。
 道端に放置された廃車。
 三菱のコルトの様ですが、今見ると何となく欧州車のデザインを感じますね。イタリアのフィアットとかアルファ・ロメオの影響を受けてるんでしょうか。

 軽井沢町のHPによると、この建物は今はキレイに改築されているようですね。
20年前は村役場って感じです。

軽井沢から車でちょっと走ったところにある旧碓氷峠:見晴台に登ってみました。
 『白糸の滝にも行ってみました。
でも想像と違ったなあ〜。下の写真は滝から流れる清流で撮影。
 白糸の滝から『鬼押しハイウェー』へ。
一直線に延びる道路が日本じゃないみたいでした。


 人気の無いガラガラの鬼押出し園を見学した後は、ひたすら一般道を走り渋川へ抜け、帰宅しました。
夕食は何処で何を食べたか、今となってはマッタク記憶にありません。

 この時期は車の運転自体が楽しかったのでコレで良かったのですが、
今思えば温泉くらい入ってくれば良かった!

2012年9月8日土曜日

夏の終わりにお散歩

もうすぐ夏も終わりなのか、朝は少し涼しくなって来ました。
梅雨入り以降家に引きこもっていたので、久しぶりに妻と散歩に行く事に。
チョット離れた駅の前にあるドトールコーヒーまで行って、お茶飲んで帰って来る事にしました。
二時頃でかけたので、まだ外は暑かったのですが、日陰はまあまあ涼しい。でも空を見上げるとまごう事無き夏空、入道雲。
写真をパチパチ撮りながら歩いて、ドトールに着く頃にはすっかりお腹もすいて、コーヒーとサンドイッチで休憩。
ちょっと食べ足りないので、目の前に在ったお肉屋さんでメンチカツをパクリ。
これがまた¥150という値段で想像以上に美味!
昨夜の極不味ハンバーグ屋に食わせたい!

帰り道で視線を感じたのが、このシーサー。
 アサガオもそろそろフウセンカズラに交替かな?
 まだまだ日が長いので、帰宅してもこの青空。
ちょっと日に焼けた往復三時間でした。

2012年9月7日金曜日

悔しい〜!

人生にはいろいろ悔しい事や腹立たしい事があって、その原因も千差万別、人それぞれだと思うのですが、旅行先での食事や外食してマズいものを食べてしまった時の腹立たしさ、悔しさはおそらく人類皆共通ではないでしょうか。
 しかもそれは、空腹の度合いと期待度の高低に左右され、値段の高低にあまり関係がない。

 これまで何度かそう言う事があって、思い出す度に
『俺の一食を返せ!』
と思うのだけど、本日の夕食もその腹立たしい一食のリストに加わった。

 夕方用事が在って出かけ、仕事から帰宅する妻と近所の駅前でまちあわせ。帰宅して夕食を作るのも大変なので外食で済ませる事に。
どうせなら普段行く店以外に入ろう、と言う事で駅の直ぐ傍に去年出来たビルの中の洋食屋に入りました。
そのならびにはチェーン展開している有名なトンカツ屋さんもあって迷ったのですが、値段も安いし入った事無いから、と言う事で始めてのお店に入りました。

 ハンバーグが売りのお店らしいのでとりあえずそれを頼んだのですが、待つ事暫しで出て来た料理を見てイヤ〜な予感。
写真には在りませんが『本日のスープ』は牛蒡のスープ。
これがまた香りは牛蒡だけど、どうやったらこんなに薄く延ばせるというくらいサラサラ。
肝心のハンバーグは固形燃料で下から加熱された鉄板の上に載せられ、盛大な音と共に脂がはねまくってます。
ところが肝心のハンバーグは箸で切れるくらい柔らかく、一応中まで火は通っている様ですが、外側にはマッタク焼き色も付いてない。
鉄板が冷めるまで待って裏返してもやはり、焦げるまでいかなかった。
 付け合わせのタマネギは火の通りが中途半端、ポテトはグズグズ。
三種類ある中から選ばされた『和風ソース』とやらは、どこが和風なのかまったく判らない、というより何味だかもよく解らないピンぼけた味。

推測ですが、ハンバーグはレトルトパックされたものを湯煎で温め、焼いた鉄板にタマネギ載せてその上に温めたハンバーグを載せて出して来た、と言う感じです。

 確かに安いのですが、二人で三千円弱なら近所のファミレスの方がまだ数倍マトモな味ですし、すぐ隣のトンカツ屋なら少なくともお店で揚げたてを食べられた、と思うとムラムラと悔しさと腹立たしさがこみ上げて来て、早々に店を後にしました。

二度と来るか〜っ!




2012年9月1日土曜日

夕暮れの海岸へ

 梅雨に入る頃からのここ数ヶ月、気分が落ち込む事が多くて家に引きこもる生活を続けていました。
毎年7月の妻の誕生日には揃って外出するのですが、それもしなかったし。とにかく、必要がなければどこにも行きたくないし誰にも会いたくない、という気分。

 でも、昨日は家人とスーパーまで車で買い出しに行った後、急に思い立ってちょっとドライブに行く事にしました。
もう日没まで数十分、ということで、結局いつもの立石海岸を目指す事に。
幸い道路も空いていて、日没は過ぎていましたがまだ空は明るい状態。いつもは海沿いを走って行くのですが、今回は山越え
海が見渡せる所から写真を撮ってみました。
ここは風もサラッとして涼しかったなあ。
 山を下りて来るといつもの駐車場には結構車が停まってます。
ちょうど夕食時のせいか駐車場の隅にあるレストランも満員です。
 駐車場のから正面の海を撮影。
三脚を持って行かなかったので、ちょっとブレてます。
まだ西の空は明るいですね。
でもやはり山の上と違い、空気は湿ってちょっとベタつきます。

 潮風の香りを吸い込んだところで、帰る事にします。
帰りは海沿いの道を走って行く事にします。
途中、葉山の茶屋の前で車を停めて撮影。
 このあと、せっかくだから江ノ島まで行って、鎌倉の八幡宮前を経由して帰宅。
夏休み最後の週末とあって、江ノ島周辺は人も多かったですね。
それにしても海の家って、道路から見える裏側はどうしてあんなに貧乏ったらしいんだろ。
美観を損ねるから何とかしてもらいたい。

 そういえば、新しく交換したタイヤ、高速走行でもシットリした走行感でした。
路面の継ぎ目などでも、「ゴツン」ではなく「コクン」と言う感じ。
そろそろサスペンションのダンパーやエンジン・マウントもヘタってくるころなので、それを交換するともっと静かになるかな〜。

 結局、帰宅したのは九時近かったので、夕食は近所のファミリーレストランで済ませてしまい、久しぶりのドライブでちょっと疲れて、夕べは早寝してしまいました。

2012年8月25日土曜日

PC用メガネを新調

 最近PC作業をしていて眼が疲れる事が多いので、メガネを作る事にしました。
もともと老眼なので作業用にはメガネを持っているんですが、ピントが合う距離がパソコン作業よりも近距離に設定してあり、PCの液晶画面を見るには向いていない為、これまでは裸眼で作業して来たのです。
しかし、画面上のちいさな文字等読むのが大変だし長時間の作業は流石に疲れます。
おまけに最近知ったのですが、どうやらPCモニターやスマートフォンの液晶画面のバックライトに使われるLEDからは青い波長の光が多く出ていて、それが眼の疲労を助長する、というではありませんか。
道理で、今のPCにしてから、そして最近携帯からスマートフォンに変えてから眼の疲労度がこれまでより高いはず。

 そこで早速TVCMPC用メガネを宣伝している店に行って来ました。
様々なフレームにPC用のレンズを組み合わせて選べるシステムで、迷ったのですが、写真のフレームを選択。
中三日くらいで出来上がって来ました。
価格も大変リーズナブル。
 
 早速試してみましたが、上下の幅が狭いので、少々視野にフレームが入り込んで気になりますが、度数もきちんと合わせてあるから、視界は良好で疲労も軽減されました。
レンズには少し黄色い色がついていますが、殆ど気になりません。
透明なレンズも在る様でしたが私は青色光遮断効果の高いものを選びました。
ピントの合う範囲も適度に広いので読書にも使えそうです。
もっと早く作れば良かった。

 モチロン度が入ってないレンズもあるので、同年代の方々だけでなく、若い方にもお薦めです。

2012年8月24日金曜日

パノラマ写真

 少し前にスキャナーを買って、昔の写真をデジタル化して整理したりしています。
そこで感じたのは、どんどん変わって行く街並を撮っておけば良かった、と言う事です。
お気に入りのお店とかスポット等は撮ってるんだけど、そこが街並の中にどう位置していたか、という空間的な記憶はドンドン失われていきます。
つまり周囲の「街並」を記録しておかないとダメなんですね。
そうするとメインのスポットだけでなく、想起されて思い出が広がるのです。
なんだか百科事典を開いた時に似てます。
目当ての項目の前後から別の世界が広がるような。
その時代の空気感まで甦って来るのです。

そこで最近は写真を撮る時にパノラマ写真的に撮る様にしています。
デジカメで目的ポイントの左右180度をずらしながら撮影、フォトショップでパノラマ合成という手順です。
これがなかなかやってみると面白い。
と言う訳で参考にいくつかご紹介。
写真をクリックすると大きいサイズで見る事が出来ます。

再開発された近所の駅前のショッピングモール。
三階の渡り廊下から。
正面が駅になります。
 こちらはその裏側。正面の高架は大井町線。
左側が駅になります。
正面横断歩道の向こうのオレンジ色は最近出来た郵便局

 近所のデパートの屋上にて。
夏の夕暮れですね。

撮ったその場で完成が見られないので、完成した画像が予想以外のものになることもあって、普通のデジタル写真では無くなってしまった『現像プロセス』に似た時差というかズレがあるのです。
パノラマ合成にはパソコンの処理に少し時間がかかるのですが、そこには印画紙に焼き付けた画像が現像バットの中で揺らす印画紙に浮き出て来るのを待つ様なワクワク感があります。

まずは身の回りから、と言う事で自宅の周囲から撮り始めてます。
沢山のカットを撮らないとイケナイのでフィルム代がかからない、というのはこの場合とても助かりますね。
これをフィルムや印画紙でやろうとしたら膨大な費用、時間、労力、熟練が必要な事を思うと、画像がデジタル化され様々な処理が簡単に出来るという事に科学技術の進歩の恩恵を感じます。

PCソフトをお持ちなら携帯の画像からでも作成可能なので、皆さんもお試し下さい。




2012年8月12日日曜日

テレパシーと男の沽券

実は山崎製パンの『薄皮粒あんパン』の隠れたファンである。
中年以降、洋菓子より和菓子やアンコが好きになってしまい、あの大きさが絶妙で、ついつい手が出てしまう。値段も安いしね。

 時々妻が買って来てくれるのを美味しく戴くのだが、自分からは『買って来て』とは言えないのである。
今日、出かけた先から帰宅途中の妻が
『スーパーに寄るけど、何か買って来るものある?』
と電話をかけて来た。
さすがに50過ぎの大の男が
『アンパン買って来て』
とは、恥ずかしくて言えないから黙っていたが、帰宅した妻は
『薄皮あんぱん買って来たよ』と言うではないか。
あまりの偶然に、二人して顔を見合わせて
『テレパシーが通じるのか!』と笑い合いました。

『食べたかったら言えば良いのに』と言う妻に
『男の沽券に関わるから言えない』と話すと
『おかしな人』と笑われました。

 そういえば、学校で講師をしていた時お弁当を作ってくれてたのですが、彩りにプチトマトを二、三個入れてあるのが、生徒さんに見られて恥ずかしくって
『プチトマトなぞ大の男が食べるもんじゃない、こんなものは女子供の食べるもんだ』と話した時も笑われました。

 トマトにしてみればいわれのない差別で失礼な話ですが、同年代のオジサンで同感の人は多いのではないでしょうか。

まあ、今時『男の沽券』なんていちいちこだわって口にするのは、器が小さく沽券が備わってないから、と言われたら返す言葉もありませんが。


2012年8月9日木曜日

ベンちゃん号リフレッシュ・その2

以前から気になっていたリアのトランクストッパーを交換しました。
いつも愛車の部品を購入するスピードジャパンさんにネットで注文して届いたのがこの部品。
アルミの土台にゴムが被せてあります。
これは何かと言うと、トランクの開閉時に衝撃を吸収するパーツです。
下左がトランク蓋のサイド部分、下右がボディ側です。
かなり劣化してアルミ部分がむき出しになり、
ひび割れたゴムが開閉の度にボロボロ落ちて来ます。
外したパーツがこちら。
外した跡にも劣化したゴムがこびりついてるので
キレイにこそげ落として新しいパーツを取り付けます。
トランク蓋に付くものは六角レンチを使うボルト一本で、
ボディ側に付くパーツはボディ内側に二本のボルトで止まっているだけなので、
工具さえ在れば30分もあれば完了です。
これでトランクを閉めた時の音が、かなり変わるのではないかと思います。
パーツ代、送料込みで四千円程。
こういうささいなパーツが今でも購入出来るのは有り難いですね。

ベンちゃん号リフレッシュ・その1

 先日ガソリンスタンドで給油した際に空気圧をチェックしてもらったら、左フロントのみ空気圧低下、タイヤの偏摩耗が発覚。
外側のショルダー部のみトレッドがすり減っているのです。
 少しずつ空気が抜けていて、気がつかずに走ったせいなのか、タイヤのアライメントが狂ってるのか両方疑われるのですが、いずれにしろ四輪ともかなり減って来ているので、これを期にタイヤを交換する事にしました。

 ガソリンスタンドでも『安いタイヤ在りますよ』と言われたのですが、
『タイヤは命を載せている』
というので信頼出来るブランド、ショップで交換する事にしました。
そこで帰宅して電話をかけたのが、デルタに乗ってる頃からお世話になってるのが、『成城タイヤ』さん。
交換する事になったタイヤもこちらで数年前に購入しました。
そこで薦められたのがピレリー社のP-1というタイヤ。
今まで使っていたP-7にくらべて静粛性、制動性がドライ・ウェット共に向上しているそうです。
そこで早速交換を御願いし、店に向かいました。

作業は二人掛かりで三十分程で完了。
 今回は時間も無いのでアライメント調整(二〜三時間程かかるので予約性だそうです)は後日ということになりました。
それまで、少し走って走行感覚に異常がないかも確認しないと。

 ご主人と話をすると、ご自身もベンちゃん号と同型モデルを何台も乗り継いでらっしゃるそうです。
その愛車にもP-1を使用、皆さんにお薦めしているとのこと。
しばらくベンちゃん号やその仲間達の話を聞かせていただきました。
ベンちゃん号の生産が終了した1995年以降の車は車体の鋼板が薄くなってる事や、車体の下に潜って初めて判るコスト削減等。
整備や修理をする人間の眼から見てもよく考えられた車、だそうです。
なんだか嬉しくなって帰って来ました。

 帰宅するまでに感じた肝心の乗り心地は、P-7に較べてトレッドの硬さから来るザラザラ感を感じないシルキーな転がり感。
路面の荒れもゴツゴツとは伝わって来ません。
多分車外で聞く走行ノイズも低いでしょう。
ハンドルを切った瞬間の反応はP-7の方がダイレクトだった気がしますが、P-1もグニャグニャ感はありません。
ベンちゃん号サイズの車を市街地で通常に走行させるには全く違和感無く、静粛性も相まってドライバーの疲労も少ないでしょうね。

高速走行でのハンドリングや静粛性を確かめるのが楽しみです。

2012年7月24日火曜日

『結婚出来ない男』

以前も書いたけど、TVドラマ『結婚出来ない男』を偶然再放送で何話か見て、はまってしまいました。
なにしろ最近のTVは、ろくな番組やってませんしね。
全話を見られるサイト発見して、通しで見て以来、夫婦揃ってファンになり、もう何回見たかわかりません。
我が家では『男はつらいよ』『雑居時代』以来の大ヒットです。


 なにが面白いって、まず阿部寛演ずる主人公がまさに結婚前の私の様な無神経、自分勝手、空気読めない、女心のわからない屁理屈だけ一人前の偏屈な男と言う所でしょう。
妻にも『こういう所ソックリ!』と言われるくらい、まるで自分の過去を見ている様な言動に、自覚があるだけに「ああ自分はあんな風に見えていたんだ」と恥じ入るばかり。
 まあ、それに気がついて笑える様になっただけでも進歩した、と言う事にしておきましょう。


 対して、もう一人の主人公で、もうすぐ40歳の独身女性、夏川結衣演じる所の女医は、ちょっぴり姉御肌でありながら女性らしい行き届いた心遣いの出来るステキな女性。
偏屈男のワガママも「仕方ない人ねえ」と許してあげられる、懐の広さも持ち合わせています。
だから、見ているとまるで阿部寛の方がヤンチャな子供に見えて来る。


この二人が偶然医者と患者として出逢うところからストーリーが始まるのですが、ふたりが診察室でかわす会話がまた、気のあったコンビの漫才のようで最高です。


 阿部寛のプライドは高いけど口下手で、おまけにちょっと偏屈で皮肉屋でオタクっぽい仕草、表情。
それを受ける夏川結衣の表情豊かな演技や、眼だけで演じる感情表現。
こんなステキな女性が何故だか偏屈な男に惹かれて行くのを、とても自然に演じています。


http://youtu.be/ocvnjTJNIHg
この二人の名演技が美しく結晶するのが最終回なのですが、恋の告白シーンといいエンディングといい、本当にうまくこちらの予想をはぐらかしてくれて素晴らしいものでした。
「この二人がゴールインするまでを見守っていたいなあ」と思わせてくれるので、続編が無いのが残念です。


 韓国でもリメイクされた様ですが、このドラマをハリウッドでリメイクか映画化してくれないかなあと思います。
主演は一昔前ならヒュー・グラントと行きたい所ですが、今の若手だと誰が良いでしょうね。
いろいろ考えてると楽しい。


結構昔の作品なので、もうご覧になった方も多いと思いますが、まだなら是非ご覧下さい。
お薦めです。



2012年7月18日水曜日

北陸学院短期大学付属幼稚園

小学校は兵庫県西宮市でしたが、その前の幼稚園の二年間は石川県金沢市に住んでいました。
今回は、そこで通っていた幼稚園に1988年再訪した時の写真です。


 当時住んでいた社宅から、同じ幼稚園に通う子供達何人かで通園していたのですが、今なら幼児だけで歩く等考えられない距離だと思います。
しかも、引っ越して行った昭和38年は記録的な豪雪で、冬は玄関が埋まるまで雪がつもり、二階の窓から出て子供用のスキーを履いて通ったんですよ。
通園の行き帰りに必ず通ったのがこのお寺の脇の急坂。
石段はあったけど、昔は舗装されてなかったと思います。
子供の時は階段脇の鉄製の手すりの場所に、築地塀があったと思うのですが。
坂を登り切った所から見ると金沢の市街が見渡せます。
向こうに見えるのは卯辰山(うたつやま)
スキー場があって産まれて初めてスキーをした場所です。 
ここを登り切って広い通りに出ると幼稚園はもうすぐ。
北陸学院短期大学付属幼稚園です。
下の写真左側に建つコロニアル様式の木造建築が
当時のままで残っていました。
 1891年アメリカ人宣教師トマス・ウィンが建てたこの建物は、1988年の撮影当時はウィン幼稚園として実際に幼稚園だったようですが、現在は学院の資料館になっているようですね。


当時はその価値等全く解らなかったけど、こんな文化財クラスの園舎に毎日通っていたんですね。
たまたま一番近かったからなんでしょうけど、両親に感謝、です。


 ミッション系の幼稚園で、クリスマスになるとキリスト生誕の劇を父兄に披露したのを覚えています。私は東方よりの三博士の一人だったそうです。
昔の事は良く覚えている母によると、その劇で聖母マリア役だった女の子の事を『○○ちゃん、すっごくキレイなんだよ!』と、べた惚れだったそうです。
昔から美女には弱かったんですね〜。
キョウコちゃんと言ったかな、先程の坂の下に住んでいたと思います。
今どうしていらっしゃるやら。
幼稚園で同い年だから、お互いもうマッタク面影無いでしょうね。


 哺育系の短大に付属していたので、多分先生方もそこから来られていたのだと思いますが、若くて美しい先生だった。
今思えば二十歳そこそこなんでしょうが、昔の写真見ても今の同年代よりは大人に見えるなあ。


ところで、金沢の街を歩いていて出逢ったこの車。
豪華絢爛な霊柩車!
こういう車は地域によって決まり事や特色が在るのでしょうが、これが金沢スタイルなんでしょうか。
ベース車両もクラシックだけど、装飾がこれまた豪華!
さすが加賀百万石!手のこんだ彫刻に金箔が貼られ、
美術工芸品の様です。

金沢には二年間しか住まなかったし、記憶も薄れてるのですが、
年齢的に当時の父や母にはとても印象深かった土地の様です。
社宅の皆さんとも仲良く楽しいお付き合いが出来て、
今でも、当時ご近所だった方とはお付き合いが続いています。




2012年7月16日月曜日

西宮市立高木小学校

先日スキャナーを買って以来、過去に撮影した写真のデジタル化を少しずつ進めているのですが、30年前に関西に旅行した際に通っていた小学校を再訪した時のスライド写真が出て来ました。


 大阪に行った時は泊めていただく親戚のお宅から、大阪梅田駅にやって来ました。


地下鉄御堂筋線から阪急電車に乗り換える時に通るコンコース。
今は耐震性の問題でここはもう取り壊されてしまって無いそうですが、つくづくモッタイナイ!

天井から下がるシャンデリアと言いモザイク画と言い、
優雅な空間だったのですが。
 このアーチ天井の空間は私が子供時代には無かったのですが、
既にここも無い様です。
 阪急電車に乗って西宮北口で下車。
震災の後再開発で無くなってしまった北口市場。
同級生の家がここでお菓子屋さんをやってました。
 
 中に入って行くとオモチャ屋さん。
ここは良く利用してました。
 少し歩くと、一年から四年まで通っていた高木小学校。当時は校庭も広く感じたけど、大人になって行くと狭いねえ!
 このジャングルジムの様な遊具は私が入学した時からのものです。
 こちらは給食室。
この台の上に出来た給食、ビン入りの牛乳が並んでて
給食係が取りに行くのです。
 こちらが、普段使っていた校門。
右側に足場が組んであるのが、入学した時からある校舎です。
この校舎も、数年前訪問した時に耐震性の問題で取り壊されました。
目の前で取り壊されてるのを見て、ちょっとショックでしたね。

 左側は在学中、古い木造校舎が火災で焼失したので新しく建った校舎。
先程のジャングルジムの横に建っていた二階建ての木造校舎には二年生の時入りましたが、いつも床に塗られたWAXの匂いがしてましたね。
けっこう立派な図書室があって近隣では有名だったそうです。
当時から本が好きで、図書室は良く利用していたので、
火事の跡に燃えかけたり水を被った本がいっぱい積んであったのをみて、『モッタイナイなあ!』と思ったのを今でも思い出します。

校門を出て当時住んでいた家に向かうと
道の周りは畑や田んぼばかりでした。

冬は積み上げられた馬糞から藁の匂いの混じった湯気が立ち上り、
水田にはカブトエビが泳いでました。

 こちらの会社、どうやらカメラ部品の有名な企業らしいのですが、時々この前に真っ赤なアメ車が停まっていました。
60年代のフィンテールの派手な車にワクワクして見とれてると
多分社長さんの車なんでしょうが、秘書の女性がリアのナンバープレートのうらに隠された給油口を見せてくれたのを覚えています。
自分だけがその秘密を知った様でドキドキしたなあ!

 家に近づくと道の横に用水路。
ここでは写真の様に収穫した野菜を良く洗ってました。
今でも冬の朝、穫れたてのネギを洗う匂いが甦るようです。
 住宅が増えて用水路にも蓋がされてしまいましたが、
昔はきれいな地下水をポンプ場から流していた様で底に白い砂が溜まり、
冷たく透き通った水に金魚藻が揺れていました。
だから、夏は用水路でもっぱら水遊びしてました。
畑の中に建ってるのが、当時住んでいた四階建ての社宅。
私達が引っ越した後すぐ近くに小学校が出来て、今では高木小学校には通わない様です。

 当時習っていたヴァイオリンのレッスンには家から近くの駅まで歩くのですが、畑の中を近道します。
 ところどころにこんな塚があってお墓がありました。
畑を抜けると八幡神社。
 ここはいつもシーンとしていたなあ。

神社の中を抜けると社殿の前にこんな砲弾が祀ってあります。
今でもきっとあるのでしょうね。
 広い国道を渡って住宅街に入ると、こんな社があります。
 ここに飾ってある額が、子供心に強烈に焼き付いてます。
地獄を描いた額なんです。
えんま大王や赤鬼が居て針の山に亡者が追い立てられてる、という様な絵です。
見る度に母に『嘘付いたり悪い事すると地獄に堕ちて舌抜かれる』と言い聞かされたもんです。
『そんなの作り話でしょ!』と思いながらも、どこか心の奥に刻み込まれてるもんですね。
此処を足早に通り過ぎて着く駅が門戸厄神駅
そこからまた阪急電車に乗って西宮北口に戻ります。
下の写真が駅のコンコース 
乗って来た車両の中はこんな感じでした。
内装は木製パネル風になってます。
車内広告が殆ど無いのがよく解ると思います。 
こちらが西宮北口駅から出た所。
タクシー乗り場です。
 タクシー乗り場の位置から前の広場を見るとこんな感じです。
 駅の南側にあった西宮球場跡地が阪急西宮ガーデンズになりましたが、最近のグーグルマップ・ストリートビューでもこちら側はあまり変わってない様です。


 数年前に妻と再訪した時は、アパートの周りは住宅が建ち並び、すっかり様子が変わっていました。
学校の周りも震災以降再開発されて道路も広くなり、なんだか昔の面影はありません。
変わらないのは家の近所の武庫川、西に見える甲山や六甲山系だけになった様です。
しかし、たった四年間しか住んでないけど、やはり私には此処が故郷という気がします。
物心つく頃に過ごす環境って、その人間の心の土台に成るのかもしれませんね。